H氏は、こよなく文学を愛していた。
彼の頭の中には、美しい日本文学の数々の
言葉やフレーズが絶えず流れていた。
彼は、ロマンチストだったのかもしれない。
そのせいだろうか、
彼の書く報告書は、報告書の域を超えて、
文学作品の高みにまで到達していた。
文頭には、必ず季節を感じさせる文章が入った。
そして、川の流れや風景を写すかのように
美しい言葉が並んだ。
しかし、彼の美しい文章を持ってしても、
決して超えられない大きな問題があった。
彼の言わんとすることを、誰一人として理解することが
できなかったのである。
報告書というものが要求する
『で、何をして、その結果、どうなってんの?』
という肝心なところが、日本文学特有のオブラートに包まれて
ぼやーーーーっとしてしまっていたのだ。
その結果、H氏はたびたび上司に呼び出され、
何度も報告書を書き直させられる羽目に陥った。
しかし、H氏の誇りは高かった。
彼は、自分の文章が無味乾燥なものになるのに
全力で抵抗したのである。
そのことが功を奏したのかどうかは知らないが、
H氏は異動していった。
彼は新しい部署でも、詩的な表現を駆使して
がんばっているらしい。